沿革

1918年(大正7年)
 大阪西野田教会は大阪ホーリネス教会として、小野田喜十郎牧師によって、
 大阪市外鷺洲町大仁新通 末廣橋西の畔を開拓して創立される

1942年(昭和17年)
 1942年6月26日、時の政府の弾圧により、教職者の一斉検挙
 翌年1943年4月8日、教会は解散、小出牧師朋治牧師は大阪堺刑務所にて、殉教、
 西野田教会出身、小山宗祐伝道師、函館にて殉教

1956年(昭和31年)
 4月、東京聖書学校卒業したての、中島誠牧師により、福島区江成町の長屋の一間から、
 再建復興を行う

歴史

紀元一世紀の初代教会から、カトリック教会へ。そして、1917年の宗教改革によってプロテスタント教会が誕生し、イギリスのメソジスト教会の流れが日本に伝えられたのが1800年代後半の事。そこから、1901年に、中田重治牧師が東京神田に「中央福音伝道館」を設立、そこから全国に教会が広がり、1917年「東洋宣教会ホーリネス教会が」が設立されました。大阪に「大阪西野田教会」産声を上げたのは、その翌年1918年(大正7年)のことでした。  創建者、小野田喜十郎牧師の開館に際して「一騎當千萬の働きにして小生単獨、樹を伐り、石を割り、土を夷げ、種子を蒔く」と言う行には、時代と開拓の精神を感じます。以後、現在の野田阪神の近郊に会堂を構えてきました。ホーリネス教会は内村鑑三師(1861年~1930年)とも連携して伝道活動を行い、設立後半世紀を経ずして 日本のキリスト教会の五指に入るまでに成長しました。しかし、第二次世界大戦が勃発、1942年6月26日に、全国で一斉に弾圧をうけました。牧師は検挙され、教会は解散されるという未曽有の受難でした。大阪西野田教会も最後まで信仰を手放さなかった小出朋治牧師が獄中で殉教を遂げるという激しい弾圧を受けました。また、西野田教会から北海道の教会に遣わされた当時27歳の小山宗祐伝道師の殉教も歴史に刻み込まれております。そして、再建復興は1956年4月東京聖書学校を卒業したての中島誠牧師を迎えて福島区江成町の長屋の一間からのスタートでした。
戦争は全てを奪うことが出来るように思えましたが、キリスト教の土台である「信仰と希望と愛」を奪うことはできませんでした。

内容牧師名所在地
1918教会創設小野田喜十郎外鷺洲大仁新通
1926此花区大開町
1928一宮 政吉   〃
1930一宮 政吉   〃
1931玉崎 勝治   〃
1937小出 朋治    〃
1943弾圧により教会解散
19459小出朋治牧師殉教
1949大開町教会売却
19563復興再開中島  誠福島区江成町
19596福島区吉野町
19602福島区玉川町
106812福島区野田2丁目
197410 中島誠牧師召天   〃
19732中島恵美子   〃
19963中島  聡   〃
200211法人取得福島区玉川4丁目
20033中島恵美子牧師隠退   〃
20054井上  理   〃
20074三枝道也(代務)   〃
20084高橋  順   〃
20208鶴見橋教会と合同高橋  順